[3冊目]ひらがなで考える商い(上巻)

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□書 名: ひらがなで考える商い(上巻)
□著 者:伊藤雅俊

--------------- 内 容 -------------ーー

「商人の道」
農民は連帯感に生きる
商人は孤独を生き甲斐にしなければならぬ総ては競争者である
農民は安定を求める
商人は不安定こそ利潤の源泉として喜ばねばならぬ
農民は安定を欲する
商人は冒険を望まなければならぬ 絶えず危険な世界を求め 
そこに飛び込まぬ商人は利子生活者であり 隠居であるにすきぬ
農民は土着を喜ぶ 大地に根を深くおろそうとする
商人は何処からでも養分を吸い上げられる浮き草でなければならぬ
其の故郷は住むところすべてである 自分の墓所はこの全世界である
先祖伝来の土地などという商人は一刻もはやく算盤をすてて鍬をとるべきである
石橋をたたいて歩いてはならぬ
人の作った道を用心して通るのは 女子供と老人の仕事である
我が歩む処そのものが道である
他人の道は自分の道ではないと云う事が商人の道である


平凡に思える事柄を実行して押し通す
・小売業は本質的に、お客様の方を向いて行うものであり、お客様のためのものです。お客様により豊かな暮らしを提供するには、商人として当たり前のことで、私の志は珍しいものでも画期的なものでもありません。
・問題はこの平凡に思える事柄を、実行し通すことができるかどうかです。大事なのは地道に一日一日を大切にすることだと思います。

 

感謝を大切にする
・今日も楽しく仕事ができる。食事もおいしくいただける。そのことに感謝する気持ちを養わせたいから、挨拶するようにしつけている。お客様に感謝する。世間に感謝する。その気持ちを失ってはいけない。
・商売の基本は誠実さ、信用である。感謝の心はその前提になるものだと思います。感謝する心があるから、誠実に対応できる。誠実に対応するから信用していただけるものだと考えます。
・私は冥利いうことばと大切にしています。冥利とは神仏から知らず知らずのうちに与えられている利益のことです。「おかげさまで」という感謝の気持ちに通じます(*)。商売の利益はむさぼるものではなく、与えられるものだと思います。それが商人の道であり、人の道ではないでしょうか。
・商売がうまくいったからといって、自分が人より優れていたからだと考えるのは、私には危なっかしく思えます。そういう不遜な、恐れを知らぬ考え方は、どこかでつまずきそうです。私には本当に恐ろしいことのように思えます。商いという一日一日を着実にこなさなければならない仕事には、不向きな考え方だと私は思っています。(*):「自分は生かされているのだと考えるのが冥利であり、そこから謙虚さや感謝する心が生まれます。」ともある

 

商いは飽きずに
・私の実感としては、よく言われてきたように「商い」は「飽きない」であるというのがぴったりします。「商い」はまさに、飽きずに続けることがとても重要だとおもうのです。飽きやすい人には向かない仕事ではないでしょうか。
・飽きないためには、好きであることが一番です。好きなことなら、売れ行きの悪いときにも元気良く商売を続けられます。飽きずにやっていれば、商売のコツもすこしずつ分かってきて、自信がついてきます。
・「好き」はやる気の一番大事な要素ではないでしょうか。商売で重要なことは、我慢をして、飽きずにやることです。月並みですが、要するに地道な努力が必要なのです。その意味からも、商売が好きなのは、とても大事なことだと思います。

 

"がまん"が大事
・毎日、懸命に仕事に励んでいないと、商売が見えなくなることがあります。有名なピアニストが「一日練習を休むと、うまく弾けなくなっているのが自分ではわかる。三日怠ると、聴衆にわかる」と語ったはなしを聞いたことがありますが、商売もまったく同じです。店はひとつではありません。数多くの店がしのぎを削っているのです。たとえ「商売ばか」と言われようと、ひとつのことに徹する姿勢が大切だと思います。いろいろなことに目移りせず、愚鈍なまでに"がまん"しつづけるのが、プロのやり方だろうと思うのです。
・ひとつのことに徹するのは、視野を狭くすることではありません。ひとつのことを"がまん"して続けるのは、同じやり方を続けるのとは違います。これでは進歩がありません。ひとつのことに徹する姿勢を貫けば、その時々の状況に対応した方法がわかってくるということなのです。何事も基本をしっかり身につけることにより、応用力がついてきます。

 

理屈ではなく感性
・お客様に何を提供しなければならないか、それは決して難しい問題ではありません。横文字の新しいことばや数字を並び立てて理屈で考えるから、わからなくなるのです。感性で捉えることが大事です。
・わかっていない人ほど、理屈をこねたがります。理屈ばかりでものを考えていると、だんだんものの見方が狂ってきます。理屈をこねまわすのではなく、塩辛いてんぷらを食べたお客様がどんな感じを持たれているのか、感性でわからなければいけません。お客様を大切にするということは、理屈ではないのです。

 

タコつぼ人間
・商店も少し大きくなると、働く人たちにはそれぞれ担当の仕事が振り分けられます。そうするとタコつぼ人間が現れてきます。自分の仕事だけにとらわれて、視野がぐんと狭くなってしまう人たちです。自分の努力不足を棚に上げて、他の担当がもう少し頑張ってくれたらと言い出します。それだけでは何の役にも立たず、問題解決にはつながりません。

・タコつぼ人間にならないためには、自分が周りに張り巡らしている壁を取り除き、視野を広げることが必要です。仕入れ担当者なら販売現場ことを考え、コミュニケーションを良くして、自分勝手な仕入れを避けるようにしなければいけません。
・もうひとつは、一段階上に立ってものを見るように心がけることです。仕事に結びつく情報をできるだけ広く集め、世の中全体の動向にも注意を払う必要があります。青果の人なら、天候の具合で味のよいもの、相場が上がったもの、たくさんとれて値段が下がったものは何か、何を揃えればお客様に喜んでもらえるかを考えなくてはいけません。
・これらのことは、日々怠らずに実行しなければならない基本です。仕事になれてきたからといって感性を鈍らせることなく、研ぎ澄ましながら、飽きずに続ける必要があります。基本はそれ自体、同じことの繰り返しではなく、単調な作業ではありません。いつも改善を心がけ、少しでも多くのお客様の役に立つ努力を続けることです。お客差に喜んで頂くことこそ、商人にとって最大の喜びです。

 

小売業での人材
・小売業に東大出の人が来たら、それは人材でしょうか。小売業では、東大を出ているからといって、それだけで高い評価をする必然性はないと思います。商人にも勉強は必要ですが、商人にとって大切なのは、高度な知識というより、深い知識ではないかと思うのです。
・「商人が漢字や難しいことばでものを考えるようになると、現場から遠ざかっている」というのが私の持論です。そうなったときには要注意です。現場が遠のき、肌身で感じ採れることが少なくなって、商いの活力が失われ始めているのです。
・「ひらがなで考える」ことが重要です。「ひらがなで考える」とは、本で読んだり聞きかじって得た知識でなく、実践を通して身に付いた知識を生かす思考です。経済書や経営書を必死に勉強し、頭の中で経営の理屈がわかったとしても、優れた経営者にはなれません。お客様や社員と毎日接し、ときには失敗の苦さをかみしめて得た知識があってこそ、立派な経営者になれるのです。
松下幸之助さんは「あまりインテリが集まりすぎている会社は、発展しない」とも言われました。思慮分別のかたまりになると、冒険するエネルギーがなくなり、頭を垂れる商人の精神が乏しくなるということなのだろうと思います。声高に銭湯を切って旗を振る人が率いる会社よりも、黙って仕事をこなすひとが大勢いるどろくさい会社の方が、底力があると思うのです。小売業の場合は、その人たちがお客様に暖かい気持ちで接することのできる集団であれば、本当の強い組織といってよいのではないでしょうか。

 

官僚化は大敵
・組織が大きくなると官僚化しがちですが、これが大敵なのです。人間はとかく権力を握りたがり、握ると振りかざしたがります。人間の権力に対する欲求は驕りから生まれるものだと私は思います。
・商人が驕り始めたらおしまいです。お客さまには買っていただくのであって、売ってやるのではないのは、当たり前のことです。驕り始めると、この何より大切な商人としての立脚点に狂いが生じます。
松下幸之助さん「人間というものは、やはり謙虚さが大事ですが。社員でも、謙虚に勉強する人は、まあ間違いないものですよ」。私が一番大切にしたいのも、このことです。小売業は不特定多数のお客様を相手にしているだけに、余計にそう思います。
・私の経験では官僚化を防ぐことは大変難しいことです。官僚的な人の周りには、官僚的な人が集まるようです。官僚的な人が起用されると、そうでなかった人が官僚化していく場合があります。
・官僚化の兆しは、三人称でものごとを説明するところに表れます。官僚的なひとは非常にうまい言葉でいろいろなことを言いますが、一人称でなく、三人称いうのが特徴です。たとえば、「私がやります」とは言わずに、「社員はやるべきである」といった言い方をします。自分が分担すべき事項についても、三人称で表現したりします。
・私は三人称でものを言う人は不要であり、一人称で話す人こそ必要な人材だと思います。自分がやるべきこと、できることを、「やります」というのが大切なのです。それが謙虚な姿勢であり、責任ある態度だと思います。

 

「我等の誓い」
1.質素な人生観
2.厳格な教育、反復練習
3.暖かい人間味、思いやり
4.信頼に対して誠実を持って報ゆる。恥を知る心。
5.親しみのある相互の礼儀
6.うぬぼれず、自己反省
7.自分の欠点に打ち克つ克己心
8.物を大切にする心
9.難しい事柄には、明るい善意の解釈
10.常に心を新しく研究心
11.ヨーカ堂らしい清潔
12.親を安心させる愛情(孝は百行の基)
13.静かな愛国心
14.心が明るければ身体も上部である。
15.平凡な善行の継続を、努力してやり抜けば最大の力である。
・質素な人生観とは、貧乏くさい生活を送ったり、心を萎縮させたりすることではありません。要は、仕事に関しては、お客様の暮らしを下から支えるのが商人の仕事をわきまえて、間違ってもお客様を見下すような態度を取ったり、服装をしてはならないということです。

 

業種による特徴
・お客様の健康や命にかかわる食べ物の仕事は、絶対に間違いが許されない厳しい商売です。食品と繊維の仕事に携わる人を比べると、命に関わらないだけ、繊維の人は気を抜いたところがあります。製造業と商業を比較すると、融通が利く人間相手の商売は、機会が相手の製造業よりだらしないところがあります。
・物を作ったり動かしたりする仕組みを合理化する点では、製造業が前を行き、お客様に向き合った経営という面では、商業が先に進んでいるのではないでしょうか。それぞれの業にはみな特性があるのえ、他業に学ぶ点は多いと思います。

 

--------------- 感 想 -------------ーー

 著者の伊藤雅俊氏はイトーヨーカ堂の名誉会長だった方です。一般には株式会社セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長、最高経営責任者である鈴木敏文氏が有名ですが、同社の商売の基盤や社風にあたるものは伊藤雅俊氏が築いたものだと小職は考えております。その本質は何かといえば、飽かず地道に着実に基本動作を繰り返して、そして改善していくことといえます。

 特に「人間とはこうゆものだ」といった、メタ認知的に少し離れて人や物事を冷静に見る姿勢は、鈴木氏と共通したテイストを感じます。伊藤氏は商人道を修行者の様にストイックに説いておられるので、多分精神的リーダーとしての役割を果たし、鈴木氏は実践者として地道かつ合理的に進めていかれたのではないかと推察しています。この本を読んだあとに、鈴木氏の著作を拝読すると、「その背景には伊藤氏の思想の影響があるのだな」と感じることがあります。

 さて、小職は会社勤めですが、勤め先は大企業病なのかタコつぼ人間、官僚体質人間ばかりが目につきます。この本では残念ながら、その様な人たちをどうすれば良いのかという解決策は示されていません。是非、良い考えがあればお教えいただきたいものです。